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大阪高等裁判所 昭和61年(う)437号 判決 1986年7月11日

本籍

京都府城陽市寺田東ノ口一〇番地の二

住居

右同

会社員

戸山孝

昭和一四年七月一三日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、昭和六一年三月二〇日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山下善三 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人菱田健次、同菱田基和代連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官山下善三作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせ検討すると、本件は、被告人が上田幸弘、岩崎義彦らと共謀のうえ、かねてから知合いの奥村典子及びその子である奥村文浩の相続税の申告に関し、右上田とともに右奥村典子に対し、「同和会に頼めば、正規の相続税の六割でやってくれる。税務署では調査をしないし、絶対に大丈夫だ。」などと勧めてこれに同意させ、同女らとも共謀のうえ、被相続人奥村博司が有限会社同和産業に対し二億九六五〇万円の債務を負担しており、相続人の右奥村典子及び奥村文浩において右債務をそれぞれ承継したかのように仮装するなどして、右典子及び文浩の相続税合計一億三七一九万七〇〇〇円のうち一億二九八七万八一〇〇円を免れたという事案であり、逋脱額、逋脱率とも極めて高いうえ、逋脱の方法も全く架空の莫大な債務を仮装するなど、悪質であること、被告人は本件犯行において、前記共犯者上田及び岩崎を奥村典子に紹介するとともに、同和会側の本件犯行の計画を右典子に伝えて同女を説得するなど、重要な役割を果たしていること、被告人は、本件について前記岩崎から五七二万円の報酬を受け取りながら、これを秘して奥村典子からも一五〇万円の謝礼を受けていることなどに徴すると、一方において、被告人は当初から本件のような多額の脱税をする意図はなく、右岩崎らがそのような意図を有していることを知ってからは、右奥村典子に対し積極的には脱税することを勤めていないこと、前記五七二万円は同女に対し返還していること並びに被告人の反省状況及び家族事情など、被告人につき酌むべき一切の事情を斟酌しても、被告人を懲役一年、執行猶予三年及び罰金二五〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 裁判官 久米喜三郎)

○ 控訴趣意書

被告人 戸山孝

右の者に対する相続税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和六一年五月二四日

右弁護人 菱田健次

同 菱田基和代

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

第一 原判決の刑の量刑が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 原判決は被告人に対し、懲役一年(但し、執行猶予三年)、及び罰金二五〇万円の刑の言い渡しをしたが、これは、検察官の懲役一年及び罰金三〇〇万円の求刑に対し、懲役刑については、三年間の執行猶予を付したものの、懲役一年を減刑することなくそのまま認容し、罰金刑については、五〇万円を減額しただけであり、被告人の次の情状に鑑みると、その量刑は被告人に対し余りにも過酷であると思料する。

1 被告人の動機において酌むべきところがある。

(一) 被告人は恩師である奥村典子の納付税額を少しでも安くしてあげようという老婆心から本件所為に及んだものである。

(二) 被告人にはそもそも当初段階において、本件申告が不正な手段を用いてなされるものとの違法性の認識はなかった。

しかし、被告人は申告の直前になって、架空債務のでっち上げによる不正申告であることを知ったのであるから、そのときに「後戻りのための黄金の橋」を渡るべきであったが、事態が余りにも進展していたことと恩師の奥村典子自身が、税金が安くなるのであれば右の方法でもよいと納得したことにより中止の機会を失したものである。

(三) 検察官は、被告人が本件申告を脱税の手段であることを知悉しながら、自己の利益追求のため納税者奥村に積極的に働きかけて犯行に及んだものであり、動機において酌量すべき情状は何ら存しないと主張されるが、被告人には、本件申告の直前まで不正な方法で申告するものとの認識はなく、計画的な犯行ではない。

また、五七二万円の謝礼金については、被告人はこれまで奥村家のために相当な尽力をしてきており、さらに正規の手続により税金が安くなるのであれば、謝礼として一定の金員を受けても然るべきところであった筈である。しかし、本件申告が、不正な手段によるものであったため、右の謝礼金が正当な費用及び報酬としての意味を失ってしまったのである。

なお、被告人においては、当初右の謝礼金について奥村家に対する尽力及び納税者奥村の税金を安くすることによる正当な費用及び報酬と考えていたため、この税金を安くする手段が不正なものであると知ってからは、この五七二万円を収得することを敬遠して岩崎からもらったままの状態で包みを開けることなく一時保管し、その後奥村に対する返還を試みているし、現在は既に返還しているところである。

また、被告人は本件申告が架空債務のでっち上げによる不正申告であると知ってからは、検察官がいうように、本件申告について納税者奥村に積極的に働きかけたことはない。

要するに、被告人は上田や岩崎から謝礼として五七二万円の好餌を与えられて上手に利用されたものである。因みに、五七二万円の謝礼金については、被告人から要求したものであると上田は公判廷で供述しているが、上田と岩崎との間において、昭和五九年九月初頃から南都銀行玉水支店から大成興業が一億円の融資を受け、そのうち、一、〇〇〇万円を上田が造成工事のための費用として取得し、残り九、〇〇〇万円のうち、八、四二八万円を税金として納付することとし、その残金五七二万円を被告人にその協力を得るため謝礼金として交付するとの話は既にできていたのであり且つ本件によって上田及び岩崎が得た報酬・利得が被告人に比べて著しく多額であることから、この謝礼の話は上田、岩崎から出たものとするのが自然であり、その点についての被告人の供述も一貫している。なお、被告人から右謝礼金を要求したとの上田の供述は、上田が被告人のため土地売買の件で所期の目的を達せられなかった腹いせと被告人の責任を重くしようとする悪意からなされたものと思料される。

(四) 検察官は被告人の所為を恩師に対する甚々しい背信行為であると断じているが、被告人は税金を安くすることにより、恩師に喜んでもらえると思って本件申告を行なってきたもので、少なくとも被告人には恩師を裏切る気持ちなどは毛頭なかった。

2 被告人は、同和会及び上田に利用されて本件犯行に関与させられたもので、本件申告が架空債務のでっち上げによる不正申告であると知ってからは、極めて消極的で、成り行き上離脱できなくなったもので、その犯情は軽微である。

(一) 検察官は、被告人が同和会においては架空債務のカラクリを用いて脱税工作をしているとの事実を知りながら、あえて同和会を利用して犯行に及んだもので、その手段、態様は極めて悪質であると主張するが、被告人が同和会において架空債務のカラクリを用いて脱税工作をすることについては、本件申告の直前になって初めて知ったのであり、それまでは、被告人は上田及び岩崎から「同和に頼めば税金が安くなる」ことについて、「同和特別措置の一つで、税務署でも同和は特別扱いをする、国税庁の卜ップと同和の卜ップとの間で覚書を交わしている、本件では宇治税務署の署長が決裁してくれるので心配ない。」などとの説明を受けていたし、さらに元税務署員だった中川税理士からも「そういう話を聞いたことがある、土地の評価をかなり安く見積って税額を算定するようだ。」との話を聞いていたので、あくまでも適法性の範囲内で申告するものと信じていたのである。

これに対し、検察官は、「そもそも納税額が正当税額の五割程度ということ自体到底あり得ないことであり、被告人も当初から何らかの不正手段を弄することについては予想できていたはずである」と主張しているが、証拠的裏付けのない推測にすぎない。

仮に、被告人においてそのような不正手段を弄するとの認識が当初からあれば、恩師奥村から信頼されて委任を受けていた関係で、本件申告を同和会に頼むことを拒絶していたものと思われる。この点については、被告人が本件申告の直後、上田に対し、上田が本件申告のカラクリを全て知っておきながら、被告人には知らせず、被告人を利用したのではないかと言って、上田を激怒したことからも推認できる。

(二) また、同和会を利用したのは、被告人ではなく、岩崎と上田であり、被告人は岩崎と上田から謝礼金五七二万円の好餌を与えられて利用されたものである。これは、岩崎あるいは上田が取得した報酬が被告人のそれと比べて圧倒的に高額であることから考えると明らかである。

3 被告人には前科前歴がなく、本件逮捕勾留されたのは初めてであって、その信用を大きく失墜させたし、証券外務員としての職を失うなど、精神的、経済的、あるいは社会的制裁を十分すぎるぼど受けており、また、上田及び岩崎から渡された謝礼金五七二万円をいち早く奥村に返却するなど反省の色が顕著である。

検察官は、被告人が本件の如き重大な脱税事犯を犯しながら、何かにつけその責任を共犯者上田や岩崎らに押しつけようとしており反省の態度は全くうかがえない旨主張しているが、被告人は何も本件脱税行為に関与したことを否認しているわけではなく、その脱税行為に関与したことを認め、十分深く反省しているところであって他者に責任転嫁をするものではない。ただ、刑事責任は各人の行為に応じて課せるれるべきであるという責任主義の原則から被告人の脱税行為の関与の具体的態様について、上田や岩崎らと比較して受動的、従属的、消極的であったことを立証しようとしているに過ぎない。決して被告人の責任を上田や岩崎らに押しつけようとしているわけではないし、上田や岩崎らの刑事責任と被告人のそれは全く別個であるから上田や岩崎らの刑事責任を重くしたところで、それに対応して被告人の刑事責任が軽減されるわけではない。

4 なお、原審における弁論要旨の中でも述べたところであるが、「同和団体を使えば税金が安くなる」という風潮をつくったことについて、同和団体に対し甘い態度をとってきた国税、税務当局にも責任の一担がある。

二 結論

前述の事情及び原審の弁論要旨において述べた事情を被告人に再度有利に斟酌していただき、懲役刑及び執行猶予の期間を短くしていただくと共に特に罰金刑については併科しないようにお願い申し上げる次第です。

すなわち、被告人は、本件所為を大いに反省して上田、岩崎から本件申告の謝礼金として受け取った五七二万円を既に奥村に返却しているし、別途被告人が奥村から受けとっている謝礼金一五〇万円は、被告人が奥村のために色々奔走したことに対する費用及び正当な報酬であり、本件申告とは全く無関係である。因みに、五七二万円については、被告人は奥村から返還講求を受けたが、一五〇万円については、全く返還講求を受けていないのである。

従って、被告人は本件申告によって得た利益は現在全くない。かえって、本件により逮捕勾留されて社会的信用を失墜し、さらに天職と考えていた証券外務員の職を失い、大きな経済的打撃を受けているので、再犯の虞れは全くない。

以上、検察官は、罰金併科の根拠について被告人の再犯防上のためと主張するが、その根拠に乏しいと思われるので、罰金刑を併科しないことを求めるものである。

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